【障害者支援員もやもや日記】

インフォメーション
題名 | 障害者支援員もやもや日記 |
著者 | 松本 孝夫 |
出版社 | 発行:三五館シンシャ 発売:フォレスト出版 |
出版日 | 2023年2月 |
価格 | 1,430円(税込) |
「殴られ、蹴られ、噛みつかれる仕事」
障害者支援員がそれでも続ける
理由と意味
――私が見た、ありのままの光景
「障害者支援員」の世界に飛び込んで見えてきたのは、これまでに見たこともない人間の不思議な景色だった。
8年間を「障害者支援員」として生きてきた。ホームの利用者に殴られ、蹴られ、噛みつかれた。障害者が置かれる立場の厳しさを知り、偏見に苦しむ親御さんの思いを聞いた。
――障害者の人たちが置かれた環境や境遇をたくさんの人たちに知ってもらいたい。内実を知ってもらうことが、現実を変えていく力になると考えるからだ。
引用:フォレスト出版
ポイント
- この仕事に就いて8年が経ち、今では障害者の人たちが置かれた環境や境遇をたくさんの人たちに知ってもらいたいと強く願うようになった。内実を知ってもらうことが、現実を変えていく力になると考えるからだ。
- 障害者とその家族は障害に苦しんでいるだけではなく、それ以上に障害への偏見という重荷に苦しめられているのである。
- これまで、利用者に殴られ、蹴られ、時には噛みつかれながらも、この仕事を辞めたいと思ったことは一度もない。なぜなら、きついことより喜びの方が多かったからだ。
サマリー
勘違いで飛び込んだ世界
経営していた会社が倒産したとき、私は還暦をとっくに過ぎていた。
年金だけでは生活できない。
苦労をかけた妻を安心させたいと思い、職探しを始めた。
高齢者ホームでの介護職と思い込んで応募し、面接を受けに行くと、そこは精神障害者向けグループホームだった。
つまり、「障害者支援員」という職に就いたのは、崇高な志や理念などとは無縁の、勘違いに過ぎなかった。
その後、8年間を「障害者支援員」として生きてきた。
私は障害者の役に立ちたいと考えてこの仕事を選んだわけではないので、本書で「偏見をなくそう」とか「障害者の待遇を改善しよう」とか声高に叫ぶつもりはない。
この仕事に就いて8年が経ち、今では障害者の人たちが置かれた環境や境遇をたくさんの人たちに知ってもらいたいと強く願うようになった。
内実を知ってもらうことが、現実を変えていく力になると考えるからだ。
本要約では、自閉症のヒコさんとの出来事を中心に紹介する。
障害者支援員、走り回る
裸足で追いかける
私は非常勤職員として「ホームももとせ」に採用された。
利用者のひとりの迫田忠彦さんは、日ごろから職員に「ヒコさん」と呼ばれて親しまれている。
彼は自閉症とされているが、知的能力では特定の分野が突出していた。
プロ野球各球団の全選手の背番号やプロフィールを記憶し、顔写真入りのデータをプリントアウトし、ファイルに分類したものが自室に積み重ねられている。
さらにタレント、アナウンサー、芸人の顔写真付きサイトもプリントアウトしファイルに入れて保管をしている。
彼にとって命の次に大切なお宝なので、逃げるときもそれらの最新版一式(7〜8キロはある)を布袋に詰め込んで出ていくことが多い。
初夏のある日、ヒコさんは靴下だけの素っ裸で逃げ出した。
私は大きいサンダルが走りにくくて、裸足で追いかけたが見失ってしまった。
結局、それから2時間後、ヒコさんはパトカーに乗せられて帰ってきた。
手がかかることが多いヒコさんだが、私はとりわけ彼のことが気にかかったし、好きでもあった。
ある夜のこと、消灯時間をすぎて事務室で日報を書いていると、ドアの下の隙間からスルスルと紙切れが入ってきた。
いっしょに ねてください
ヒコさんは1人が寂しいのか、隣に布団を敷いて寝ると安心して寝入るのだ。
部屋に向かうと、ヒコさんは私が来るのを待っていたようにニタニタと笑った。
その顔を見ると、どんな仕打ちを受けても彼のことを憎めないと思ってしまうのだった。
「何かに噛まれたんですか?」
穏やかなときには聞き分けもよく、可愛げのあるヒコさんだが、自分の要求が通らないことなどがあると、イライラと怒り出す。
ある日の夕方、ヒコさんの部屋から大きな声が聞こえてきた。
ホームから逃げ出そうとしたが、ホーム長の西島さんに止められ、今度はハサミを持ち出したという。
ヒコさんの部屋に行くと、ハサミを取り上げられたヒコさんが涙目で西島さんを蹴っていた。
「西島さん、ハサミを片付けてきてください。選手交代しましょう」
ヒコさんのパンチをかわし、ヒコさんを布団の上にゆっくりと押さえこみ、興奮が鎮まるのを待つつもりだった。
すると、横になったまま身体を曲げたヒコさんが私の足に噛みついた。
ふくらはぎの下のあたりに激痛が走る。
食いちぎられるかのような力である。
ようやく引き離し、ハサミを片付けて戻ってきた西島さんにこの場をまかせて、事務室に駆け込んだ。
ふくらはぎの下あたりが歯型に沿って皮が破れ、中の赤い肉が露出していた。
翌日病院に行くと、「何かに噛まれたんですか」と尋ねる医師に「ヒトです」というのは躊躇したが、事情を詳しく説明し塗り薬を処方してくれた。
今でも私のふくらはぎには、ヒコさんの歯型がうっすらと残っている。